欧州衰退の始まり

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欧州衰退の始まり

不況の風が吹き荒れ、欧米が没落する

2011年、中国はGDPで日本を抜いて世界2位、インドも世界2位となった。
中国、インドはすでに世界経済を牽引しており、2050年のGDPは1位中国、2位アメリカ、3位インド、4位日本と予測されている。
今後、世界は大きく様変わりし、8年後には中国とインドが世界の大国となる。
では、欧米はどうか。

ヨーロッパはいまのところ財政危機だが、南ヨーロッパ各国の国債が値下がり(金利が上昇)すると、金融機関のポートフォリオが悪くなり、近い将来、金融危機につながっていく可能性もある。
そうなれば財政と金融の複合危機となり、非常に厳しい状況になる。
ユーロはそのプロセスの中で暴落し、対円で8円を切る可能性も決して低くない。
財政と金融の複合危機になれば、もちろんアメリカの金融にも響いてくる。
金融恐慌になるかどうかは未知数だが、世界経済の状況が非常に悪くなり、おそらくヨーロッパはマイナス成長、アメリカもその影響を大きく受ける。欧米には不況の風が吹き荒れるだろう。

私はそういった状態がしばらく続くと思っている。
中長期的な欧米の没落である。一時的には回復するし、上げ下げを繰り返すが、トレンドとしては没落だと思う。
「市場原理主義」から「国家資本主義」へシフトがはじまる
その過程で起きるのが、市場での自由な競争に任せておけば価格などが適切に調整されるという「市場原理主義」から、「ステートキャピタリズム(国家資本主義)」への移行である。

「中国は市場経済に移っているものの、ステート(国)の力が強い国の典型だが、中国的なステートキャピタリズムがいろいろな国に広がる可能性がある。
たとえば、ヨーロッパやアメリカでは金融規制が強化され、規制当局の力が強くなる。
金融ではこれまでいろいろなことが自由にできたが、デリバティブといった金融工学を駆使した複雑な金融取引の制限をはじめ、すでに規制が強化されている。
リーマン・ショックの教訓から、アメリカといえども、相当の金融規制をやらざるを得ない状況に追い込まれたのだ。
業務の縮小が起き、アメリカに5行あったインベストメントバンク(投資銀行)は、ゴールドマン・サックスとモルガン・スタンレーだけになり、その2行もビジネスモデルを変えてきている。
明らかに投資銀行という業態は、ある意味では無くなってきているし、コマーシャルバンク(商業銀行)の保険業務も、拡大の方向性ではなくなってきている。
不況がさらに深まれば、いっそう自由度は失われる。
日本では伝統的な銀行業がそのまま残り、あまりアメリカ的にならなかったため、世界同時不況によって規制強化などの影響を受けることはなさそうだが、欧米ではとても大きな変化が起こる。

金融業が縮小し、低成長の「成熟経済」が定着

市場原理主義は金融を中心に広がっていったわけで、金融の分野が縮小すれば、市場原理主義が崩れることになる。
そうなると、あとは実質経済頼みということになるが、アメリカはグーグルやアップル、フェイスブックなどのIT分野が力を増している。
いわゆるビッグ3(GM、フォード、クライスラー)も、公的支援を受けた時期はあったが、かなり復活してきており、アメリカ経済そのものが大きく落ち込むところまではまだ行っていない。

産業構造を変えながら、成長は続けられるだろう。しかしあくまでも成熟経済における低成長であり、かつてのような高成長は期待できない。
大きな流れから言うと、やはり「欧米の没落」だと思う。

世界は「2世紀初めの経済」に戻る

興味深いデータが残っている。「アンガス・マディソンという人がつくった1820年の統計によると、当時、世界のGDPの8%を中国、9%をインドが占めていたという。
つまり、2世紀の初めまでは、中国とインドが世界のGDPの半分近くを稼いでいたのである。
そしていま、そういう時代に次第に戻りつつある。
歴史的に見ると、いまは構造変化の時代、ある意味では混乱の時代であり、欧米からアジアに、経済の重心が緩やかにシフトしている。
「リ・オリエント」である。

アンドレ・グンダー・フランクという人が2000年に「リオリエント』という本を書いているが、それによると、8世紀の終わりごろから、アジア回帰の傾向が出てきたという。
「中国が改革・開放政策を実施したのが1978年、鄧小平の南巡講話が1992年はじめだ。
また、インドが新経済政策をはじめたのが1991年である。
「8年代にインドも中国も社会主義体制から脱却し、市場経済に移った。そこから高成長を遂げ、「リ・オリエント」の波動が起きはじめたということである。
2012年、中国とインドの人口は計8億人弱で、世界人口の4割弱を占めている。
この2つの国が、いずれ世界の4割弱のGDPを占めるようになっても、何ら不思議はない。